特集記事

ハートシートの開発と課題:Medtecセミナーレポート

By:MEDTEC Japan編集部

Medtec Japan 2017のセミナーでは、「再生医療×医療機器」と題して、産業化の機運が高まりつつある再生医療のセミナープログラムが組まれた。サブタイトルは「医療機器関連技術が再生医療ビジネスに寄与するために」。医療機器関連技術を再生医療に生かしたい関係者が集まるプログラムとなった。

まずプログラムを企画した座長の浅野武夫氏(大阪大学)より、プログラムの趣旨と、2014年に施行された再生医療等安全性確保法と薬機法という2つのルートによる再生医療産業化の現状が紹介された。前者の自由診療ベースのものが後者より多いものの、後者の薬機法に基づき保険診療を目指す再生医療等製品も治験中や治験前の計画が増えてきているという。

パイオニアとなった企業の事例として、「ハートシート」を開発したテルモ株式会社から鮫島正氏(同社執行役員 ハートシート事業室長)が登壇。医療機器メーカーの立場から、開発の経緯と製品紹介、経験に基づき再生医療等製品の開発の今後の課題や展望を語った。


2002年から再生医療開発へ

テルモは1921年に設立後、体温計や使い切り注射器、国内初の血液バッグなどで医療機器メーカーとしての地位を確立。近年ではカテーテルや人工心肺装置に代表される心臓血管領域の機器で強みを発揮しグローバル企業に成長した。成長戦略として、グローバルでは「選択と集中」、国内では「総合力の発揮」と、社会的なインパクトの大きい未来医療への貢献を目指し、「イノベーションの推進」を掲げている。

再生医療に乗り出すことになったのは2002年に遡る。日本では心疾患の死亡数ががんに次いで多く中長期的な市場ニーズがあることから、同社の強みを踏まえて、再生医療開発を心臓にフォーカスすることを決めた。

医療機器メーカーが再生医療開発を行うにあたっては、細胞製品の製造と前後のプロセスを含め開発を担う「基本型」と、採取・分離、培養、移植などに用いる周辺機器・装置を開発する「付随型」の2タイプが考えられる。再生医療は創成期であり、中長期的に機器・装置の事業機会が拡大するという当時の判断から、基本型となる細胞製品を使う治療の成立から着手することになった。

ハートシートとは?

ハートシートは、虚血性の重症心不全患者を対象に、患者自身から採取した骨格筋に含まれる細胞を培養しシート状に調製して、患者の心臓表面に移植するもの。実際の製品は、患者から細胞を採取するキットと、培養した細胞をシート状に調製するためのキットである。重症心不全では、患者は補助人工心臓を使いながら心移植を待たなくてはならず、ドナーを待ちながら亡くなってしまう人も多い。このような状況から心機能を回復する再生医療製品への期待は非常に高い。

承認を得るための治験の結果、心機能の改善が示され、また、同じ重症度の患者では長期生存率が経時的に下がるのに対して、ハートシート移植患者では全例が生存していることが確認された。

「スーパー特区」を活用

同社では当初、細胞を注射で注入する治療を計画していた。一方、共同研究先の大阪大学心臓血管外科の澤芳樹教授は、細胞シートによる治療を開発し、この実用化研究がNEDO事業に採択された(2006年~2009年)。これにより同社も細胞シートの研究に合流することになる。さらに本研究は2008年、先端医療開発特区「スーパー特区」の「細胞シートによる再生医療実現プロジェクト」に採択され、同社も参加する。

振り返ってみると「スーパー特区」は企業として非常に使いやすい制度だったという。これまでの産学連携では、大学での臨床研究と、企業での治験・申請の間にギャップがあった。「スーパー特区」では、医療上の確認とFeasibility Studyを研究側で完了するため、企業としては確認申請から治験、申請という安全性・有効性の確認のステップに進みやすかった。

再生医療等製品の条件付き承認制度(薬機法)による承認

さらにハートシートの製品化に有利に働いたのは2014年の薬事法改正(薬機法の施行)だ。従来の制度では安全性・有効性を確認する治験を経て承認されるには長い期間が必要であったところ、再生医療等製品の早期実用化のために、条件・期限付き承認を行い、市販後に有効性を再検証し、決められた期限内に再度承認申請を行うというプロセスが導入された。これによりハートシートは、2015年9月に7例の治験によって条件・期限付き(5年間)承認を得ることになる。承認をゴールとすると、当初の計画より5~7年の時間の短縮になったという。2016年1月には医療機器として保険適用が決まった。

再生医療の製品化の課題(承認・収益面)

次に鮫島氏より、再生医療製品の開発を経験した医療機器メーカーの視点から、再生医療の今後の課題が述べられた。

まず収益面に関しては、保険償還の制度がある。ハートシートは医療機器として審議され保険適用が決まり、保険償還は「材料価格」として行われることになった。一方、同時期に保険適用が決まった再生医療等製品である「テムセルHS注」は医薬品として「薬価」での保険償還が決まっている。薬価と材料価格では営業利益率や算定式等が異なり、材料価格ではメーカーの収益面で不利になることが、業界団体であるFIRM(一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム)でも課題とされている。

また、承認を得た後に「製造販売後承認条件評価」が課せられている。ハートシートの有効性に関して、同様の重症心不全患者データを対照群として収集し、それらのデータと比較しなくてはならない。

さらに安全性に関して、再生医療等製品では患者登録システムに患者全例を登録しなければならない。この費用負担がメーカーに課せられるとすれば収益面で大きな課題となる。

加えて、医療機器と再生医療製品の大きな違いは品質管理である。医療機器の品質管理は基本的には成形された材料の組み立てや加工から完成後の滅菌というプロセスに対して行われるのに対して、滅菌できない細胞製品の品質管理は細胞の採取から移植というよりトータルな製造プロセスにかかわる。体制としてもQMSでなく、新たに定められたGCTPでの品質管理が求められる点が大きく異なる。社内でも対応が難しかったという。

細胞を扱う再生医療等製品では、そもそも製造工程において手作業に依存する部分も多く、生産性の向上の点で課題が大きい。製造業として前例がないため、同社としても1つ1つ解決のために課題を積み上げている状態だという。

再生医療の産業化の課題(開発・出口面)

最後に、世界の医療機器産業で大手の統合が加速している状況のなかで医療機器メーカーとして開発・出口面での課題が述べられた。

鮫島氏が日本の業界との比較としてあげるのは米国の医療機器開発の状況だ。シリコンバレーではベンチャーからの成長を支えるエコシステムが確立されており、ベンチャーが新たな開発を担い、ベンチャーを買収した大手医療機器メーカーが承認・認可からビジネス構築・販売を担う。日米の医療機器メーカーの保有特許を比較しても、米国では自社開発の割合が日本より大幅に低いことがわかる。

日本の再生医療の開発戦略としても、自社で新たな開発をやるのは限界があり、ベンチャーの力を利用することが求められる。また、日本の承認制度を利用するだけで世界をリードできるのかは疑問だ。現在、治験中や治験前の製品が増えており産業化へのきざしが見えているなかで、周辺産業を含め成長を支えるエコシステムの構築が期待される。

カテゴリー: