シリコンバレー流課題発見型医療機器開発

By: Medtec Japan編集部

医療機器分野で日本発のイノベーションが求められて久しい。イノベーティブな開発をもたらす条件、エコシステムとは何か?米国の事例から学べることはないだろうか?このような観点からMedtec Japanでは、米スタンフォード大学で医療機器開発者・起業家育成プログラム“スタンフォード・バイオデザイン”にProgram Directorとして関わり、医師・研究者、行政、ビジネスの立場から医療機器開発に携っている池野文昭氏(スタンフォード大学医学部Research Associate、Medventure Partner Inc.取締役、一般社団法人日本医工ものづくりコモンズ理事)による「シリコンバレー流課題発見型医療機器開発」と題した講演が行われた。


出発点はアンメット・ニーズ

まず、池野氏が紹介するのは米国の経営・マーケティング学者セオドア・レビットの“Creativity is thinking up new things. Innovation is doing new things”という言葉である。これは単なる発明とは異なり、“イノベーション”に含意された“実践”の重みをよくあらわしている。池野氏はこれを、

Innovation=Invention(発明)×Implementation(商業化)”

と言い換え、医療機器に関していえば

Invention=Unmet Needs〔アンメット(満たされていない)ニーズ〕×Solutions(解決策)”

と公式化する。

スタンフォード・バイオデザインでも重視されるのは、イノベーションの出発点となるアンメット・ニーズだ。そもそもアンメット・ニーズを的確に把握していないと、それに基づいた開発は的外れになる。池野氏が引用するのは「もし問題を解くために1時間を使うとしたら、55分を問題の本質を考えるのに使い、5分を解決策を考えるのに使う」というアインシュタインの言葉である。

スタンフォード・バイオデザインは2001年に開始した医療機器の開発者・起業家の育成講座で、Missionを“To develop leaders in biomedical technology innovation”と定める。2016年4月にはバイオデザイン“プログラム”からバイオデザイン“センター”に格上げされ、特定分野でイノベーティブな開発を意図的に起こすことを目指して起業家を育成するユニークな講座として、世界的に注目されている。

なぜ“デザイン”か?

まず、日本人の感覚からすると起業とデザインという言葉が結びつかないが、その点を説明しているのがスタンフォード大学の元・工学部長のジム・プラマー氏だ。彼は朝日新聞の取材で、同大で行うイノベーターやクリエーターの育成には、答えが決まっている問題を解くという従来の工学教育では不十分だとし、同大で提唱する“Design thinking(デザイン思考)”を「すでに存在する課題を解くのではなく、課題そのものを見つけるところから始めてビジネスにつなげる。これが『デザイン思考』と呼ばれるものです」(朝日新聞Digital 2013年8月6日)と説明する。

この「デザイン思考」の一例として挙げられるのが、電力の配給が普及していない途上国で未熟児の保育器をどう整備するかという課題に対して、電気を使わずに乳児の体温を下げないことという解決策を考え開発した発熱素材でできた20ドルほどの寝袋である。これは電気を使う保育器よりはるかに安価な世界的なヒット商品となった(最初に現地に1台数十万円の保育器を持ち込んだ失敗談から寝袋の発明、NGOやWHO、政府を巻き込んで母親の教育をきっかけに普及を目指した開発ストーリーはこちらで視聴可能)。

3つのフェーズをチーム・プロジェクトで

さて、実際の講座はどのように進むのか。バイオデザインのプログラムは“Identify(課題の特定)”“Invent(発明)”“Implement(商業化)”という3つのフェーズに分かれる。さらに、それぞれのフェーズで「ニーズの発見」「ニーズの選別」、「コンセプト出し」「コンセプトの選択」といったように、ひらめき(右脳)を重視する局面と論理的分析(左脳)を重視する局面に分かれる。池野氏が強調するのは、これらのフェーズを混在させないことが重要だということ。

例えば陥りがちなのは、ニーズを発見しているフェーズで解決のアイデアを考えてしまうこと。人は最初のアイデアにとらわれてしまうため、その後の発想の幅が制限されてしまう。

また、バイオデザインは常にチーム・プロジェクトとして進行する。チーム・メンバーの多様性とそのチームが達成するイノベーションの価値を分析したある論文によると、メンバーの多様性が低いとイノベーションの価値は中程度になり、メンバーの多様性が高まるとイノベーションの価値が高いもの(ブレークスルー)が生まれる可能性があらわれ、その分イノベーションの価値が低いもの(凡庸・無難なアイデア)も増える。スタンフォード・バイオデザインではイノベーションを狙うために敢えて多様性の高いメンバー構成でチームを組織することが多いという。

臨床現場での観察

スタンフォード・バイオデザインで特徴的なのはチーム・メンバーが1カ月間程度、臨床現場に入り観察を行うことだ。メンバーは観察しておや?と思ったり、気になったりしたニーズ(課題)をひたすら挙げていくが、ここでも重要なのは、発見するフェーズと発見したことを整理・選別するフェーズを分けることである。

観察する際の心得は以下の通り。

  • アイデアを出そうとしてはいけない!
  • 課題(困っていること)をその場で解決しようとしてはいけない!
  • あくまでも課題(困っていること)を見つけているのである!
  • 必ずしもステークホルダー(医師など)は正しいとは限らない!
  • すべては時がたつにつれ変わる可能性がある!
  • ただ、1つ、患者の課題(困っていること)は正しいことが多い!

質問の方法としては、「何か作ってほしいものはありますか?」ではなく「何か困っていることはありますか?」、さらには観察を行い疑問や不自然と思ったこと、医療現場での失敗に基づいて、より潜在的に「何をしているのですか?」「なぜそのようにしているのですか?」と聞く方法がベターである。

潜在的なニーズをとらえた好例が、速い馬が欲しいという顧客の声を、より速く、より安く、より確実に移動したいニーズととらえ自動車を普及させたヘンリー・フォードだという。

ニーズ・フィルタリングは客観的・論理的に

さて、ニーズを発見したら、発見したニーズをスクリーニングし分析するフェーズに移る。「ニーズ・フィルタリング(ニーズの取捨選択)」は客観的な視点から論理的に行われる。視点には、病気の原因や症状の分析といった病態の深掘り、市場分析の深掘り、既存の治療法の深掘り、このニーズがあるのは特定の医師か医師のグループなのかといったステークホルダー調査が考えられる。そして、患者へのインパクトや市場へのインパクト、治療展望、情熱といったファクターからスコアリングを行う。

ユーザー視点の“デザイン思考”

ニーズの取捨選択を終えたら、いよいよ“Invent”のフェーズである。ここでも重要になるのは、コンセプト出し(“concept generation”)とその取捨選択(“concept selection”)のフェーズを分けること。

コンセプト出しにおいて用いられるのはブレイン・ストーミングだが、重要なのは質より量、発想より連想だ。各自がこんなことを言ったら恥ずかしい、バカだと思われるといった頭の中のスクリーニングを捨て去ること。

そして、コンセプトの取捨選択に際して、池野氏は3つ目の公式として

Solution=Concept×Technology

を挙げる。この段階でニーズと、そのソリューションに合致したテクノロジーが結びつく。企業中心の開発の多くが自社のコア技術などテクノロジーから出発するテクノロジー・プッシュ型であるのに対し、スタンフォード・バイオデザインのニーズ・プル型という特性がここにあらわれている。

この視点は広くは「人中心」、「ユーザー中心」の視点からイノベーションを考えるもので、背景としては1980~90年代に世界的に凋落が明らかになったシリコンバレーで生まれた巻き返しの中から“オープン・イノベーション”と並んであらわれた新しい志向である。

失敗から学ぶ、スタンフォード・バイオデザイン

最後の“商業化”のフェーズでのスタンフォード大学の金言は“Fail Often, Fail Fast, Fail Cheap”である。

医療機器開発の失敗でよく挙げられる「効果がイマイチ」、「誰も(一部の人しか)使わない」、「市場が小さかった」といった原因は、ニーズ出し、ニーズの取捨選択の時点で防げるものだ。また、開発が始まってしまうと多くの資金が費やされ、中止も難しくなるが、事業化戦略までの段階で失敗と分かればコストも浪費されない。

失敗は多くし(失敗の数を減らすな!)、早めに、安く失敗すること(失敗のコスト単価を下げよ!)。そして多くの失敗から学ぶこと。そのようにスタンフォードでは教えられる。

2001年から講座が始まったスタンフォード・バイオデザインは2016年1月時点で、起業41社(M&A 7社)、治療患者489,000人以上、新規雇用492、特許300以上、獲得資金3億6,272.5万ドルを達成。本講座は完全に寄付講座として運営され、最終目標は、ニーズ志向の開発手法を理解する人材を育てること。

日本でも昨年(2015年)10月、その教科書が『バイオデザイン』(監修:日本医療機器産業連合会、日本医工ものづくりコモンズ、出版:薬事日報社)として発行され、ジャパン・バイオデザインがスタートした(詳細はこちら)。日本からシリコンバレーへエクスターンシップなどを行いバイオデザインの手法を、日本の大学や産業界で普及させることを目指すという。

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