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医療ニーズに基づく医療機器開発とは何か?

医療ニーズに基づく医療機器開発とは何か?

By: Medtec Japan編集部

一般社団法人日本医工ものづくりコモンズでは、医療ニーズに基づく医療機器開発の支援を活動目標とし、様々なイベントやマッチングを通じて医療ニーズと技術シーズの出会いの場を提供している。

10月のシンポジウムは「医療ニーズに基づく医療機器開発とは何か?」をテーマに開催され、医師、開発支援、工学者の立場から講演が行われた。


1.内視鏡外科手術機器の開発における医療ニーズの活用

まず、東京医療センター名誉院長の松本純夫氏が内視鏡外科手術機器の開発における医療ニーズの発信と機器の開発経緯を自らの経験に基づいて講演した。

・最新手術を習得し機器開発へ

松本氏は1990年前後の内視鏡外科手術の黎明期にその低侵襲性と患者へのベネフィットに着目し、いち早く日本に術式を取り入れ、1991年には日本初で鼠径ヘルニアに対する腹腔鏡手術を行った。以来第一線の臨床医として医療ニーズを発信し、国産技術で内視鏡外科手術機器の開発を目指したオリンパスと連携してきた。

連携のきっかけは学会会場で同社の技術者から声をかけられたことだという。内視鏡外科手術では出血すると止血が困難なため、その対策が一番の課題と相談すると、一緒に解決しましょうと情報交換が始まった。

例えば、1990年代前半は電気メスの絶縁不良による熱損傷や視野外の鉗子による予期せぬ臓器損傷に困っていた。同社に内視鏡画像の視野を広くできないかと相談し、画像を切り取ってモニターできる試作機につながったこともあった。

松本氏は学会ニーズを拾い上げオリンパスが設置した委員会を委員長として運営し、同社の超音波凝固・切開装置、電気メス、トロッカー、イメージング技術の開発に携わっていくことになる。

・凝固・切開機器の開発

高度な止血機能が求められる内視鏡外科手術では凝固・切開機器が進化したが、松本氏も1993年に米国の学会で目にした超音波凝固切開装置に衝撃を受けたという。

日本製も作りたいとオリンパスに相談、電気メス機能も付けたいと要望を出し、超音波凝固・切開装置(SonoSurg初期型)の開発につながった。松本氏は米国外科学会の機器展示場で講演を行うなど普及に努め、超音波トロッカーと吸引装置も含めた超音波手術システムSonoSurgに発展した。

当時から安全性を高めるにはモノポーラよりバイポーラ(双極型)の方がよいと議論していたが、バイポーラの高周波・超音波デバイスは同社のTHUNDERBEATとして最近製品化した。凝固切離時間は従来の半分程度になり手術時間の短縮につながっている。

・今後の外科手術の方向と技術開発への期待

近年普及が進んでいる手術支援ロボットのda Vinci(米国インテュイティヴ・サージカル社)は外科医の負担軽減、技術支援という意味で革命的である。松本氏によるとda Vinciの最大の利点は、人の手首を凌駕する自由度、3D画像、スケーリング(3:1)機能(手元が3動くと先端は1しか動かない)、手振れ防止機能だという。

熟練者と非熟練者(初期研修医)で縫合結紮コンテスト(タイムトライアル)を行うと、2D内視鏡や3D内視鏡では大きな差が出るがda Vinciではほぼなくなる。

世界では泌尿器に加え、婦人科分野での手術件数が増加している。現在日本では保険適用が限定的だが、今後拡大が期待される。

松本氏は、da Vinciに対抗するためにも内視鏡外科手術で今後求められるものとして、脂肪に埋もれた血管の位置がわかる超音波画像装置の組み込み、画像のスーパーハイビジョン化、3D内視鏡の手振れ防止・ホルダー機能、da Vinciにはない触覚を感じられる鉗子の工夫、鉗子の手振れを少なくする機構などをあげた。

2.製販ドリブンモデルと臨床ニーズのマッチング

次に日本医工ものづくりコモンズ理事の柏野聡彦氏から、同氏が提唱する製販ドリブンモデルと医工マッチングの取り組みについて講演があった。

・製販ドリブンモデルとは

従来の医工連携では、医療・研究機関とものづくり企業の直接のマッチング(医→工)が多く、医療に対する知識や規制対応等の製品化のノウハウが乏しいものづくり企業への負担が大きかった。製販ドリブンモデルでは、既に医療機器開発や販売の経験がある医療機器製造・販売(製販)業者を巻き込んで、臨床ニーズの把握と製品デザイン、開発支援を行う(医→製販→工)ことで、より円滑な開発と製品化を目指す。

また、本モデルでは地域行政機関や日本医工ものづくりコモンズなどの支援機関が全体のコーディネートや公的資金活用のアドバイスを行う。

・活用資源や開発目標のターゲティングを

製販ドリブンモデルを実現しやすい地域として柏野氏が注目するのは東京・本郷エリアである。本郷には中小ながらも特定診療科に強みを持ち国内マーケットで存在感のある製販企業が多い。

市場や規制対応のノウハウがあること、自社製品の改良など臨床ニーズを日常的に受けているが自社資源(資金・技術)だけでは対応できていないこと、公的資金活用のノウハウを持たずものづくり技術のある企業を知らないことから、地域コーディネーターの支援が有効で、地域のものづくり企業と連携し、公的資金を活用した共同開発を成立できる可能性が大きいという。

また柏野氏は医療機器を一から開発するより、既存製品の改良や対抗品(類似品や後発品)開発、アジア・新興国向け製品開発を推奨する。

公的資金として、医療機器向けには経産省の医工連携事業化推進事業(2015年度31.9億円)」が代表的だが、経産省のものづくり補助金(2014年度補正1,020億円)をはじめ広範な産業分野が対象とされ医療機器産業にも活用可能な公的資金も重要であり、地方自治体の資金も含めもっと注目すべきであるという。

・製販企業とものづくり企業のマッチング

柏野氏は上記を踏まえたマッチングの具体的取り組みとして「本郷展示会」を紹介。本郷展示会では地域のコーディネーターを介して地域のものづくり企業と本郷エリアの製販業者のマッチングの場を提供している。

本郷展示会では、製販企業とものづくり企業との面談が1日あたり40~50件、事前にセッティングされる。製販企業に対してものづくり企業をPRする方法として好評なのは画像を多用して製品・技術を紹介する手法である。

その他にも関東経済産業局が2013年から開催している「ものづくり商談会」では、製販企業から商談ニーズを募集しものづくり企業の技術とのマッチングを目指している。主力製品の周辺アクセサリや販促製品、既に製作した試作品などに対して、よいものがあれば製品化したいという製販業者のニーズが高い。

・臨床ニーズに基づいた“攻め”のマッチングへ

製販企業とものづくり企業との商談では、ものづくり企業側から積極的に「提案」を行うことが重要となるが、その提案の中で最強レベルのものは、あらかじめものづくり企業と大学病院などの医療機関との連携関係を作ったうえで、製販企業に対して連携の勧誘をする提案である。有力な臨床現場との関係づくりは製販企業の経営上極めて重要であることから、製販企業が関心を持ちやすく、商談が盛り上がる。

こうした医工連携に向けて、臨床ニーズの取り扱いには知的財産の側面への配慮が必要と柏野氏は指摘する。

臨床ニーズには、“臨床現場が抱える問題点の指摘”に加え、“その問題の解決法や開発アイディア”が含まれる場合があり、知的財産的価値を守るための配慮が必要となる。したがって、守秘義務を課されないマッチングの場(ニーズ発表会)などで、知的財産的価値を含む開発アイディアの公開には慎重であるべきだ。また、マッチングの場に参加するものづくり企業は、マッチングの場で開発アイディアそのものをもらえると考えるのではなく、マッチングの場は、臨床現場の現状や問題点を学び、自ら開発アイディアを考案するためのヒントを獲得し、開発パートナーとなりうるドクターとの接点を得るための場と位置づけることが重要である。谷下一夫氏(日本医工ものづくりコモンズ 常任理事)が指摘するように、「臨床ニーズを“受注/発注”する場ではない」という意識が大切だ。

こうした背景から、臨床ニーズの知的財産的価値を守りながらマッチングを進める手法の重要性が認識されるようになり、最近、熱心に取り組まれているのは、「公開可能な情報」を活用して臨床ニーズの重要性や市場性を伝え、マッチングを行う方法である。日本医工ものづくりコモンズでは「臨床ニーズ・公開フォーマット」を提案している。フォーマットは、提案者の所属機関名、診療科名、職種、医療機器の種類、診療行為および医療機器の現状・問題点、適用疾患と年間患者数、適用対象となる診療行為と年間実施件数などの情報で構成される。

この公開フォーマットを使って臨床ニーズをマッチングする取り組みが栃木県(獨協医科大学、自治医科大学を対象)などで始まっており、東京都による「東京都医工連携HUB機構」では2015年11月から公開フォーマットのコンセプトに基づき「臨床ニーズデータベース」を運用開始する予定である。

臨床ニーズに基づくマッチングの活性化によって、地域のものづくり企業による“攻め”の医工連携が拡大することに柏野氏は期待する。

3.リハビリ機器開発のきっかけとなった経験

次に早稲田大学人間科学部健康福祉科学科教授の村岡慶裕氏から、リハビリ機器開発にかかわる自らの経験について講演があった。

村岡氏は、脳卒中などの脳血管疾患患者や運動器疾患患者向けの治療機器IVESを1997年に開発、2008年に製品化した。現在口伝えで臨床現場に浸透しつつある。IVESは腕の筋肉の筋活動電位を読み取り、それに比例した電気刺激を出力するもので、手指の伸展や屈曲といった動きをサポートする「パワーアシスト」が特徴である。IVESの使用を繰り返すことによって、脳へのフィードバックと学習により脳の神経回路が回復する仕組みを活かして脳卒中麻痺の治療をする。

村岡氏は慶応大で計測工学、生体医工学を学んだ後、リハビリテーション工学士として臨床現場に長年かかわってきた。自らの機器開発を方向づけた2つの経験を紹介した。

・臨床からかけ離れた研究で失敗

村岡氏は大学院修士時に、上肢麻痺患者が、手を機能的電気刺激(FES)により、随意的な位置に移動するための機器を試作。約2年の時間と労力を費やして開発し、健常者でのテストも終え、実際の患者さんでテストすべく意気揚々とリハビリ施設に向かった。

ところが脳卒中の患者では弛緩性の麻痺だけでなく不随意運動もあることを想定しておらず、装着するだけでも不随意運動が出てしまい、テストにならなかった。協力してくれた患者は、せっかく作ってくれたのに、情けない身体で申し訳ないといって涙を流したという。

また、収納に場所を取り、装着にも時間がかかる大がかりな機器がリハビリの現場にそぐわないことも明らかであった。

村岡氏はリハビリの現場でもう少し勉強しようとリハビリ工学士として施設にとどまることになる

・気軽な一言で怒りを

リハビリ施設での研究を始めた当初のこと。洗濯物を干す日常生活動作(ADL)訓練に立ち会った村岡氏は、訓練中の患者に「私なら洗濯ロボットを作ってあげる」と声をかけた。この一言で作業療法士の怒りを買ってしまった。村岡氏は、医療現場で患者がどのような思いでリハビリを行っているかという点への理解がなかったと反省する。患者は単に洗濯物を干したいのではなく、かつての自分を取り戻そうという切実な願いがある。この経験が患者の運動機能を取り戻すというIVESの開発につながっているという。

・工学者や技術者が陥りがちな失敗

村岡氏は臨床ニーズを取り違えた機器開発はいずれ淘汰されるが、患者の期待を裏切る、結実しない研究に患者を付き合わせる、コスト(国からの資金を得ている場合は税金)の無駄といった問題があり、開発者は善意だと思って進めているために、これらの問題を自覚できていないことが多いという。

このような失敗をしないために、村岡氏は以下の対策をあげる:

  • なるべく若いうちに臨床現場でスタッフと本音で語り合い感性を磨く
  • 現場の環境や時間的・空間的・制度的制約に目を向ける
  • 機器開発は臨床医療の一部であることを認識する
  • 興味本位ではなく、現場の当事者が抱えている問題の解決を優先する
  • 福祉制度など工学的ではない解決策があることも意識する
  • 挑戦することがよいとは限らないと知る

医療現場には、病気を治療するという営為にかかわる濃密な時間がある。疾患と治療に対する高度な知識、技術ノウハウのような言葉にしにくい知、感情なども含め高濃度の情報がやり取りされている。そこに内包されている課題や解決のニーズは潜在的なものも含め、外部の者にはあまりに多面的であり膨大であるかもしれない。

松本氏の経験が物語るように、機器メーカーにとって技術の開拓に熱心な医師や学会との連携は欠かせない。また、工学者のスタンスとどのように臨床経験を機器開発につなげるかヒントを村岡氏の経験が教えてくれる。そして、そのチャレンジの枠組を提供するのが柏野氏が提唱する医工連携の仕組みであろう。

今回のシンポジウムのような機会が触媒となり、多くの企業・研究機関から医療という特殊性を踏まえそれを活かした開発のチャレンジが生まれることを期待したい。

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