トップインタビュー【松本謙一氏】

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日本医療機器工業会・松本謙一会長

医療機器産業の活性化へ

「東京スカイツリー型」より「富士山型」の産業構造を

3月11日に発生した東日本大震災から、約半月が経ちました。いまだ被害の全貌が明らかにならず、改めてその影響の大きさを思い知らされます。 『医療設計と製造技術』編集部からも、このたびの大震災で被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。

さて、この日本医療機器工業会(日医工)の松本謙一会長とのインタビューは巨大地震・津波が発生する2日前の3月9日(水)におこないました。震災の後、あらためて松本会長とは電話でお話しできましたが、現地の壊滅的な状況に大変心を痛めておられました。日医工では、被災地に人工呼吸器など生命維持に不可欠な医療機器を安定供給が出来るよう、行政と連携し被災者への救援活動に力を入れておられます。


慶長元年(1596年)に鰯屋の松本久左衛門氏が、泉州堺で薬種問屋を開業。その後、江戸日本橋本町に店を移し、明治4年に松本儀兵衛氏が医療機械部門(現サクラ精機)を創業した。遡れば400年以上の歴史があるサクラグローバルホールディングの現会長・松本謙一氏は17代目にあたる。家業を継ぐ前は外交官か落語家になりたかったと冗談めかして語る会長は、社業以外にも一般社団法人・日本医療機器工業会(日医工)の理事長、NPO法人・海外医療機器技術協力会会長、民間外交推進協会の理事やGS1ヘルスケアジャパン協議会の役員として世界を舞台に活躍されている。松本会長に日本の医療機器業界の活性化にむけての課題などを伺った。

『医療設計と製造技術』(JMDMT:日本医療機器工業会(以下、日医工)は医療機器業界団体の中では、いち早く法人化をし、行政を含めた戦略会議も積極的に実施されています。 松本会長:日本の医療の進歩を支える安全な医療機器の供給、医療機器製造業界の健全な発展のために任意団体として発足した日医工ですが、時代の変遷とともに工業会のさらなる主体性の確立強化と、情報発信機能の向上を図るため2009年に法人格を取得しました。 法人化した結果、経済産業省の「中小企業モノづくり」対象・特別補助金を受けることもでき、又、厚生労働省からは科学研究費予算計上もされ、日医工の会員数社が協同して国産人工呼吸器を開発することができました。

JMDMT: 日医工が主導して国産の人工呼吸器を開発するというのは画期的なことだと思います。

松本会長:我が国では人工呼吸器の93%を輸入に依存しており、インフルエンザなどの非常時に対応するためにも国産化率の向上は急務と考えていたところ、2009年に世界的に新型インフルエンザが大流行し、その猛威が全世界へ拡大しました。自国の緊急事態は自国の力で対応しなければならない意識も高まり、即、行動に出ました。 今まで日医工の活動事業には、このような会員横断的な医療機器製造はなかったのですが、国産メーカーの力を結集して人工呼吸器の安定供給体制を構築したいと厚生労働省に報告すると、意外なほど賛意と激励を頂けました。

工業会の所属しているISO/TC121(麻酔および人工呼吸関連)国内委員会のメンバーである人工呼吸器専門の先生方の指導を仰ぎながら機器の仕様をまとめ、会員の中から人工呼吸器メーカーを選定し、日医工の仕様にあった機種の製造を依頼。部品加工や組み立て配線、あるいは人員提供など、それぞれの会社が可能な形で協力してくれ、お陰様で厚生労働省からの評価も高く、PMDAの「迅速審査」の適用の実現もできました。 今後もこうした開発を進め、国内の中小医療機器企業の振興につなげていきたいと思っています。

JMDMT: 会長は常々、中小企業の振興を重視されておられますが、何故でしょう?

松本会長:日本の医療機器業界は、資本金が1千万円〜5千万円の企業が半数近くを占めており、200億円以上の企業は1.7%です。また従業員規模でみても、300人以上の大企業は2%にも満たず、49人以下の企業の割合が6割以上です。日本の医療機器産業を支えているのはこれらの中小企業であり、改良・改善医療機器を供給している企業なのです。 国家戦略としての「革新的医療機器」の開発は素晴らしいことですが、「革新的」であるが故に、産業全体への波及効果や底上げ効果は期待しにくい面もあるのです。 ikikou

例えば、革新的医療機器開発のインセンティブは先行者利益を享受できることですが、開発企業は膨大な投資を回収するために、内部利益の確保とその最大化を図ることになるため、一部企業の成長は期待できますが、業界全体の底上げは難しいです。 また、革新的医療機器の開発には、コア技術に関わる知的財産やノウハウの厳重な保護が重視され、本質的にはクローズドな環境で行われ、付加価値の高い部材は内製化される傾向にあります。このため、技術の共有や波及効果があまり期待できません。

医療機器の技術は製品ごとの特殊性が強く、他製品や他業種への再応用が難しいことが多いです。技術の相互利用が拡大しにくいことも波及効果が臨みにくい一因といえるでしょう。 革新的医療機器開発のような平野にそびえ立つ「東京スカイツリー型」ではなく、広く豊かな裾野を持った「富士山型」での成長が望ましいと考えて、「日医工ビジョン」でも中小・ベンチャー企業振興への提言をしています。

JMDMT:ベンチャー企業といっても、米国のような投資家が積極的にリスクをとって出資する土壌はまだ日本にはありません。

松本会長:まさにその通りで、審査承認の迅速化が現在さかんに言われていますが、医療機器に関する知識を有する審査官を増やせば、人件費も増え、その分は申請費用からカバーされることにもなりかねません。 費用負担が増えると日本のベンチャー企業にとっては痛手です。もっと全体を俯瞰できる視点を行政にも望みます。 一方、全ての責任を行政ばかりに押しつける風潮も好ましくありません。落語に「三方一両損」という話がありますが、審査の迅速化における責任を全て行政に押しつけるべきではなく、行政・病院・医療機器メーカー・患者の「四方責任負担論」というシステムにしないと、日本はどんどん遅れを取ってしまいます。

米国FDAでは、法律に準拠して審査したもので事故が発生しても、原則として審査官は免責条項が適用され罪が問われませんが、日本も審査官に免責事項を適用したほうが良いと考えています。もちろん、隠蔽工作などをしたら罰せられるなど規定を設ける必要はありますが、医療技術開発にあたっての責任問題は、過度に行われると機器開発のネックになるような気がします。

JMDMT:会長はGS1ヘルスケアジャパン協議会の発起人であり副会長でもあられ、国際会議での情報収集ほか、海外への調査も頻繁になさられています。

松本会長:英国厚生省、米国食品医薬品局(FDA)など行政当局や、欧米各地の医療機関などを視察するなど、常に現場に足を運ぶようにしています。医療機器・材料などの標準コードの体系化などは欧米よりも相対的に日本のほうが進んでいる分野もあり、きめ細かい運用を実践できる日本が、グローバルな視点から積極的に海外に向かって情報発信することの重要性も感じています。

JMDMT:その他にもNPO法人海外医療機器技術協力会(OMETA)の会長としても日本製医療機器の海外市場における信用保持にも寄与されてきました。

松本会長:OMETAでは、政府開発援助(ODA)により開発途上国に供与された医療機器や関連機材についてのフォローアップやアフターケアをしたり、現地医療機関の安定と健全な発展を助成しています。 また独立行政法人国際協力機構(JICA)の関連財団である日本国際協力システム(JICS)が、発展途上国における医療機材の維持管理に必要な技術情報不足の解消を目的として運営している「無償資金協力医療機材等維持管理情報センター」にも積極的に協力しています。

定年で日本の医療機器メーカーを退職された技術者の方々を登録制で海外にも派遣しています。 私自身がさまざまは団体に関わっていて横のつながりがあるため、例えばアフガニスタンの復興支援の一環で医療機材を納入支援する際も、各社の在庫を寄附してもらえるようにすぐに話をつけることが出来ましたし、日本では扱っていないようなノルウェー製の強固な医療テントについては、至急、個人で購入して対応したりもしました。

JMDMT:途上国の支援という意味では民間外交推進協会(FEC)でも積極的に活動されています。sakura_bldg

松本会長:例えば、2009年にはFECの東欧ミッションに参加し、ウクライナの首都キエフにある築100年の国立大学付属病院を訪問しました。手術室の窓からは隙間風が入っており、設備機器なども一見してひどい状況で、帰国早々、対策に奔走している矢先に新型インフルエンザで一般市民が1週間に100人単位で死亡しているので、さしあたり大至急マスクが欲しいと連絡が入りました。とにかく一刻を争うということで、私個人で1万枚のマスクを現地に送りました。 また、昨年キルギス南部で民族衝突がおき、キリギスタンの難民が国境を越えウズベキスタン領内に避難した際にも、個人で大量の寝袋を緊急に送りました。 困っている人を目の当たりにすると居ても立ってもいられなくなり即行動に出てしまうのですが、個人で出来ることは限られています。現場の実情を知らずに、勝手に「必要と思われる医療機器」を送るのではなく、国際的な医療協力と救援活動に対する現実を見据えて、これからも支援活動を続けていきたいと考えています。いわゆる「アンメット・ニーズ」政策です。

JMDMT:各国を回られていますが、成長著しい中国の医療・医療機器に対する取り組みはどうでしょう?

松本会長:サクラグローバルホールディングは、医療機器メーカーとしては初めて、中国の医薬産業特区「中国医薬城(チャイナ・メディカル・シティー=CMC)」に入ることにしましたが、この中国江蘇省泰州市に位置する約30万坪の特区は国家レベルで産業振興策を展開しています。 シンガポールも政府主導によるバイオメディカル研究開発拠点「バイオポリス」を展開しており、日本も、もっと政府主導でインセンティブを多くして、医療産業活性化に取り組んで欲しいです。 日医工でも道州制のような、地域クラスターの重要性を説いています。各県単位ではなく、ブロック単位で医療機器産業振興をはかり、シナジー効果を出していくべきだと考えています。 kenbikyo

JMDMT:グローバル化が進む中、400年以上の歴史のあるサクラグローバルホールディングのグローバル戦略もお聞かせ下さい。

松本会長:薬種問屋から医療機器の開発、製造、販売と主な業務は変わりましたが、その歴史の重み、事業の永続の必要性は強く意識しつつ、不採算事業は切り捨て、新規事業への進出には果敢にチャレンジしていくつもりです。 例えば、日本で光学顕微鏡を最初に作ったのはニコンでもオリンパスでもなくサクラ精機(千代田光学工業)ですが、採算が合わなくなり私の代で撤退しました。そのかわり「ソフト・システム・バイオや医薬品などの周辺テクノロジー」を包含するヘルスケア産業における「ソリューション・ビジネス」を取り組み、新規事業への進出もしやすいように柔軟性を高めています。

現在、サクラグループは米国、欧州、中国にビジネス拠点を構え、約1500人の従業員を擁していますが、2009年に持ち株会社制度を導入したのも、傘下の各グループ企業、十数社の社長にサクラの将来を託したかったからです。私には娘二人で息子がおらず、娘達が後を継がないため、世襲体制は途切れますが、一致団結して「研究・開発・製造・販売・メンテナンス」を業としてきた先達・先人の信念は「サクライズム」としてこれからも継承されていくと信じています。

JMDMT: 最後になりますが、MEDTEC Japan国際会議では開会のご挨拶をお願いしております。展示会に対するコメントがあればお聞かせ下さい。

松本会長:MEDTEC Japanでは、異業種から医療機器産業に参入したいと考えている方の参加も多いと思います。昨年、日医工が中心として開催した「ものづくり医療機器交流会(東北編)」でも、意見や情報交換だけでなくビジネスに結びついた商談もありました。日本の一般産業で培われた技術力は非常に高く、何らかの形で医療機器に転用できる可能性は高いです。MEDTEC Japanでも、自社の技術を他社に知らせることで、幸福な出会いが可能になるでしょう。こうしたことが医療機器業界全体の活性化にもつながると信じて、展示会には大きな期待を持っています。

(取材:編集部 安西)

 

 

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松本謙一氏

一般社団法人 日本医療機器工業会 理事長 サクラグローバルホールディング株式会社 代表取締役会長

 

1961年 サクラ精機株式会社入社。代表取締役社長を経て90年同社代表取締役会長、現在に至る。日本医療機器工業会理事長をはじめ、日本医療機器産業連合会副会長、NPO法人・海外医療機器技術協力会会長、医療機器業公正取引協議会会長、NPO法人「日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会」理事、民間外交推進協会理事、GS1ヘルスケアジャパン協議会副会長、一般社団法人日本医療福祉設備協会理事、東京医療保健大学客員教授、など各団体の要職にある。

Miki Anzai

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