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トップインタビュー【笠貫宏教授】

トップインタビュー【笠貫宏教授】

早稲田大学理工学術院・笠貫宏教授

「日本発の最先端医療機器を展開するには」

—不整脈治療機器を通して考える

昨年暮れに初めて国産の埋め込み型補助人工心臓の製造販売が許可されたが、我が国の治療系医療機器は依然、輸入に依存している。日本発の最先端医療機器を開発し、迅速に医療現場に届けるための課題は多い。

40年間、循環器内科の医師として患者に接し、その臨床現場の豊富な経験をもとに現在、政府の医療機器に関する部会で部会長として活動する一方、東京女子医科大学・早稲田大学共同大学院の共同先端生命医科学専攻教授として医療レギュラトリーサイエンスの教育にも力を入れている笠貫宏教授に、我が国の先端医療機器の抱える課題と今後の展望について聞いた。

『医療設計&製造技術』(JMDMT:デバイスラグの問題が取りざたされる中、心臓再同期療法(CRT)を早期導入できた理由は何でしょう? kasanuki_face

笠貫氏実際に重症心不全の患者を目の前にして、その患者を助けたい一心から、医師がその患者のニーズをしっかり受け止め、学会として薬事承認に早期から積極的に挑んだことが大きいと思います。1997年に臓器移植法案が成立し、心臓移植に至る前の内科治療が重要なこともあり、東京女子医科大学循環器内科医と外科医がタッグを組んで治療法に関する世界的な文献をレビューし、バチスタ手術かCRTかの大激論をしました。 1996年に発表されたペーパーの中に、心臓移植が必要な状態でありながら移植を拒否、あるいは何らかの理由で適応から外れた8例の患者にCRTを行うと4例が最重症のIV度からII度に改善した症例報告をみつけ、自験例3症例の成功後、バチスタ手術より侵襲性も低い両心室ペーシングの早期導入の必要性を痛感しました。 すぐに学会に「ペースメーカーによる心不全治療委員会」を設立して頂き、厚生労働省へ働きかけ、優先審査を受けられた結果、かなり短期間での承認・保険償還(FDA承認よりそれぞれ1年、2年後)にこぎつけました。

JMDMT: 先生は埋め込み型除細動器(ICD)の導入にも尽力されました。今より認可の壁が更に高かったと想像しますが、どのようにして高額なICDに保険適用が認められたのでしょう?

笠貫氏: 当時ペースメーカーは3〜4倍という内外価格差があり、ICD2倍としても約800万円となり、これほど高価なものは高度先進医療として保険の適用外となると患者の手に届きません。米国の機器メーカーに価格を低く設定してもらえるよう交渉した上で、学会自ら厳しい施設基準、医師基準、そして学会ガイドラインを申し出ることで、保険適用がようやく認められました。(ICDの承認はFDA9年後で、保険償還は11年後)

JMDMT: 条件付き承認を学会のほうから言い出すのはかなり勇気のいることだったのでは? 笠貫氏1994年当時に施設基準や医師基準を学会から申し出るのは初めてのことだったと思います。欧米は専門病院が比較的集約化されているので基準を作りやすいですが、日本のペースメーカー植込み施設数は約3000施設もあり、医療提供体制は患者への安全担保という観点からみるとまだまだ不完全です。 私は常に「医療機器の健全な普及」の重要性を説いてきましたが、医療機器が進歩すればするほど、不確実性と非対称性(医者と患者のインフォメーション・ギャップ)は増大します。先端的医療機器の迅速な認可と安全性は相対峙しますし、個としての患者と集団としての社会も対峙します。その中で、医療機器の規制をどのように決定するのかは、医学の不確実性の中で、公平性・中立性・透明性・公開性をどのようにはかり実践していくのかが大きな課題だと実感しました。

JMDMT: 厚生労働省の医療機器・体外診断薬部会、医療機器・安全対策部会の部長をされ、PMDA(医薬品医療機器総合機構)でも不具合検討委員会、不具合評価体制でさまざまな問題解決に取り組まれています。

笠貫氏就任以来この6年間は、特にリスク・ベネフィットの問題に苛まされました。日本の国民はゼロリスクを求めます。これは安全ではなく安心という感情的な問題が入ります。安全は科学的に確率を求めリスク評価をすることで、リスクがゼロということはありえません。

薬に副作用があるように、医療機器もかならず不具合は生じうるし、機器を取り扱う人間もエラーをします。安全をどう科学的にリスク評価・マネジメント・コミュニケーションするかということと、機器の承認の問題は密接に関連しています。

部会長をやっていて思うことは、市販後の安全対策として適正使用、施設基準、施行医師規準、ガイドライン、全症例登録という条件を徹底していけば、認可の壁が相対的に低くできるのではないかということです。

JMDMT: 安全面での評価ということでは、医療機器のリスク判断は医薬品に比べて難しいのでしょうか? kasa_table1

笠貫氏医薬品と比べて医療機器の安全性の評価の科学的根拠は乏しいといえます。薬は化学物質なので毒性試験や臨床治験(フェーズ1,2,3)があり、生物統計学に基づいたプロトコールを作成し有効性や副作用の評価ができます。 一方、医療機器はフィジブルスタディ(製品化可能試験)やピボタルスタディ(中枢的試験)で少数しかできないため、EBMピボ(科学的根拠に基づく医療)の観点からは信頼性が低くなります。 特に新規の先端的機器の場合は、ICDを例にとってもわかるように、正常な人体で治験はできないのでランダム化(無作為対象比較)試験は無理です。つまり、医薬品向けに確立された生物統計学とは別に、医療機器向けに有効性・安全性の評価基準を作る必要があります。

また、1つの薬は化学物質から製品化まで50億円から1千億円の巨額費用を投下して1520年 の歳月を経て製品化されますが、製品化された後は変化せずライフサイクルも長いのです。抗がん剤などの特殊な薬以外は使い方でも医師の技術はさほど問われません。

ところが医療機器はフィジブルスタディの過程でも改良・改善があるのでライフサイクルは短い上に、機器を使用する医師の適応・技術の問題が大きな要因になります

JMDMT:それが先生の目指されている医療レギュラトリーサイエンスにつながるのですね。

笠貫氏日本では承認においてリスク・ベネフィットが重要視されますが、コスト・ベネフィットが必ずしも注目されていません。リスク・ベネフィットはPMDA、コストは保険局や医政局と厚生労働省の中でも別れており、新しい機器の研究開発は医政局、文部科学省、経済産業省・内閣府などが関わってきます。 医療機器創出のための戦略としては全てを網羅しているようですが、欠けているのは本当に「科学技術が社会に幸せをもたらすか」という評価・予測・決断をする科学が存在していないことです。規制問題も裁量権に如何に科学を導入するか、そこにレギュラトリーサイエンスの学問体系化が求めれている理由があるわけです。

日本は、医療機器の特性を見極めた規制の枠組み作りが遅れていると思います。薬事法も、21世紀の患者のニーズに応じた先端的医療機器を如何に安全かつ有効に患者に提供していけるよう、患者のニーズに対応したものでなくてはいけません。その適切な新たなシステムを構築するためにも医療機器の特性を十分踏まえた評価と予測と意志決定をする科学が不可欠になるのです。

twinsJMDMT: レギュラトリーサイエンスとしての人材育成も必要だということですね。

笠貫氏20世紀後半は急激な科学技術の進歩した時代でしたが、21世紀に入り科学技術は誰のためにあるのかという反省も出てきて、日本でも2005年に「科学技術コミュニケーション元年」が宣言されました。 啓蒙型から双方向型(対話型)のコミュニケーション、そして国民参加型のテクノロジーアセスメントの仕組みを作っていくことが必要です。

これから医療機器が患者・国民に真の幸せをもたらすかの評価・決断をしていく際に、医療における科学技術コミュニケーションの導入・確立・普及は大切になってきますから、行政のみならず企業、研究機関においても国民との双方向型コミュニケーションがはかれる新たなリーダーを育成していくことが喫緊の課題と考えています。

JMDMT: 人材の育成という点では、2008年にCDR(ペースメーカICD関連情報担当者)認定制度も確立されました。

笠貫氏CDRは医療機器版MR(医薬情報担当者)とも言えますが、実は私はMR認定制度の立ち上げの委員会にも参画していました。MRの質の確保という面では制度と運用上の限界があり、その時の反省からCDRICDの製造販売スペシャリストとして国際的基準を求めることにしました。 米国IBHR(International Board of Heart Rhythm Examiners) 20年近く実施してきた国際検定試験の作成に、日本不整脈学会の4名の委員を参加させ一緒に試験問題を作り、そこから日本用に問題を選択しているので国際的にも透明性の高い制度となっています。

更に知識とスキルの資格を保持しただけでは意味がないので、実際に患者と接して患者のニーズをくみ取る「研究マインド」を持ってほしいと思い、CDRに学会の会員になることを義務づけ、そして学会発表もすることにしました。

JMDMT: CDR資格を得るのは相当ハードルが高いのですね。

笠貫氏それでも合格率は6割超で、日本の医療機器業界関係者のレベルの高さがわかります。今やCDRは日本不整脈学会の医師と協働で多施設共同研究も始めています。今年でCDRの人数は約1400名になりますが、2年前からCDR同士が各所属企業の枠を超え、横のつながりを持てるようウェブ・コンフェレンスの仕組みも作りました。企業の人たちも日進月歩する最先端機器に関する医療チームの一員となってほしいと考えています。

JMDMT: 先端医療機器の開発のためにも、CDRは実際に臨床現場に立ち会っているのでしょうか?

笠貫氏医療機関や行政や業界公正取引委員会は、企業の立ち会い業務を積極的には認めようとはしません。しかし病院で扱う医療機器の数は膨大で、保守・管理は質・量ともに大変な上に、特にICDCRTのような最先端機器について臨床工学技士が全てを熟知するのは至難の業ですし、ICD等に求められる24時間体制の緊急の対応は殆んど不可能です。

医師・臨床工学技士・CDRが三位一体となって市販後の医療機器の安全対策の情報の伝達・収集することで患者さんに対して質の高いリスクマネジメントが可能となり、それをフィードバックすることで機器の改良・改善につながるのです。

立ち会い業務という言葉の持つイメージは悪いのですが、医療機関と企業が業務委託契約をきちんと締結し、CDRがオープンな形で「医療チームの一員」として、患者のニーズを捉えていってほしいと願っています。

JMDMT: 最後になりますが、4月のMEDTEC Japan国際会議でのご講演のテーマをお聞かせ下さい。

笠貫氏21世紀の科学技術はさらに進歩していくでしょう。また患者のニーズも価値観の多様化、権利主義の高まりで変化し、個(患者)の問題とは別に、社会全体が求める幸せの形も変わってくる中、先端医療機器をどう展開していくのか、自然科学と人文社会科学を融合し、科学技術コミュニュケーションを加味した新しい創造科学としてのレギュラトリーサイエンスの重要性についてお話したいと思っています。

レギュラトリーサイエンスは、未だ定義さえ確立されていない学問領域ですが、今までお話したようにまず実学があって、そこから学問体系化されていくものだと思います。今後、先端医療機器をいかに日本で開発・製品化し、日本の患者さんに安全に提供し、世界に発信できるという医療機器の特性に基づく新たな枠組みを構築出来たらと考えています。

笠貫教授は、6月29日(水)にパシフィコ横浜で開催される「MEDTEC Japan2011」(医療機器の設計・製造に関する展示会)の国際会議で、「社会のニーズからみた先端医療機器の展開」と題した講演(9:30〜10:10)を予定されています。

(取材・文責:編集部 安西)


笠貫宏氏

東京女子医科大学名誉教授、早稲田大学理工学術院大学院先進理工学研究科生命理工学専攻教授、東京女子医科大学・早稲田大学共同大学院 共 同先端生命医科学専攻教授。

東京女子医科大学循環器内科学講座主任教授、同大学付属日本心臓血圧研究所所長を歴任後、現職。

厚生労働省:薬事食品衛生審議 会委員、薬事分科会委員、医療機器・体外診断薬部会部会長、医療機器安全対策部会部会長・安全対策調査会委員、医薬品再評価部会委員、ニーズの高い医療機 器等の早期導入に関する検討会委員、医道審議会薬剤師分科委員。独立行政法人・医薬品医療機器総合機構:専門委員、医療機器不具合検討会委員、医療機器の不具合評価体制に関する検討会委員。財団法人・医療機器センター:医療機器産業研究会運営委員会委員長、一般社団法人・日本医療学会代表理事など。

Miki Anzai

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